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title: "使徒言行録とその後に見るパウロの旅"
canonical: "https://paulineletters.com/ja/explore/journeys"
published: "2026-08-05"
updated: "2026-08-05"
language: "ja"
license: "https://paulineletters.com/ja/explore/license"
source: "Pauline Letters"
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# 使徒言行録とその後に見るパウロの旅

> パウロの生涯は一続きの巡回旅行ではなく、召命、宣教、対立、帰還、投獄、そして論争のある後代の伝承が連なる歩みです。

**パウロの宣教旅行とはどのようなもので、それぞれの旅で何が起きたのでしょうか？**

使徒言行録は、シリアのアンティオキアから出発する三回の宣教旅行と、それに続く護送下でのローマへの航海を記録しています。この13のガイドは、迫害者サウロから使徒言行録終了後の殉教伝承までを順にたどり、各段階で、本文に明記されること、再構成によること、後代の証言に基づくことを区別します。

## 三回の旅ではなく、13段階とする理由

よく知られた「三回の宣教旅行」という数え方は、使徒言行録が示したものではなく、教育上の慣例です。使徒言行録は出発と帰還を描き、後代の読者がそれらをまとめました。この慣例は有用ですが、ダマスコ以前の年月、アラビアとキリキアでの長い空白期間、エルサレム会議、逮捕、裁判、護送下での航海など、その型に収まらないパウロの生涯を見えにくくします。

この13のガイドは実際の流れに沿っているため、通常は省略される段階も有名な出来事と同じように扱います。最も明確な例は、回心から第一回宣教旅行までの知られざる年月です。物語でほとんど語られない一方、全体の中で極めて重要な期間の一つです。

## 各ガイドが主張すること、しないこと

各ガイドは三種類の記述を区別します。「本文に明記」は、使徒言行録または書簡が述べている内容です。「再構成」は、このプロジェクトがその資料を一つの順序に並べるために採用する年代と経路です。「伝承」は、使徒言行録の物語の外にある後代の証言で、パウロの死に関するほぼすべてがここに含まれます。

この区別こそが重要です。使徒言行録に名を挙げられた都市と同じ調子でネロ治世下の殉教を提示するガイドは、暗黙のうちに伝承を事実へと格上げしてしまいます。ガラテヤの信徒への手紙の年代や、捕囚書簡の背景となる投獄地のように、資料の間に真の不一致がある場合、ガイドは黙って一つを選ばず、別の見解を明記します。

## よくある質問

### パウロの三回の宣教旅行とは何ですか？

第一回はキプロスを横断して小アジア南部へ向かいます。第二回はマケドニアとアカイアに達し、コリントでの長期滞在を含みます。第三回はエフェソでのほぼ三年間を中心とし、その後、献金を携えてエルサレムへ戻る旅へと続きます。

### パウロの旅はどのくらいの期間に及びましたか？

活発に旅をした期間は、およそ20年に及びます。最も確かな基準点は、パウロがコリントでガリオンの前に立った出来事です。ガリオンの地方総督在任は、デルフィの碑文によっておよそ紀元51～52年とされるためです。前後の日付は、この一点から推定して再構成し、概算として示しています。

### 使徒言行録が終わった後、パウロはどうなりましたか？

使徒言行録は、パウロがローマで自宅軟禁下にありながら妨げられずに宣べ伝えているところで終わり、判決も死も伝えていません。その後の旅とネロ治世下の殉教は、牧会書簡と初期キリスト教の証言に由来するため、このプロジェクトでは物語本文ではなく伝承として提示します。

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